いるしゃちっぴ
僕の夢は、シャチになること。
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[no_toc]プロローグ
やってきたぞ、星輝学園!
試験を毎年受け続けてもう五年目!ようやく受かることができた。
星輝学園は、iDPと呼ばれるパフォーマーの育成に力を入れている、名門の学校だ。
iDPとは、簡単に言えば自分の夢に変身できるパフォーマーで、僕も僕の夢になりたくてここを目指した。
僕の夢は、シャチになること。高二の春、ようやく僕は一歩を踏み出すことができた。
一章:僕の夢は、シャチになることです。
「はじめまして。坂又カオルです。僕の夢は、シャチになることです。」
四月とはいえ、高二の僕は転入生扱いなので入学式とかはなく、皆の前で挨拶をした。担任の先生が名前と夢を言えというものだから、シャチになりたいと言うと、おおっ、と声が上がった。
正直バカにされるんじゃないかって思ってたから、この反応にちょっと興奮した。
「な、オレ、ノブって言うんだ。よろしく!」
隣の席の人がニコニコしながら手を差し出して話しかけてきた。
「よ、よろしく!」
それに答えるように手を返して、握手をした。
「お前iDP名なんていうの?」
「え、何それ?」
「芸名だよ芸名!オレ、ノブヒコって言うんだけど、ノブって名前で活動してるんだ!」
「そうなんだ……まだわかんないかな……」
「決めとけよ!サインも考えやすくなるし!ま、とりあえず今はカオルって呼ぶわな!」
昼休みになり、ノブに昼食を誘われて教室を出ようとすると、あわてて教室に戻ってきた担任に突然声をかけられる。
「坂又君、今日補習あるから。」
「えっ!?」
……そして放課後。
「中等部プロデューサー科の篠崎だ。よろしく。」
「よろしく、お願いします……」
篠崎と名乗る先生は、少し青みがかったブラウスとタイトスカートを着ており……なんというか……美しいボディラインが強調されている。キリッとした顔立ちではあるが、僕に話しかける表情は優しくて……僕は一瞬で見とれてしまった。
中等部の先生にこんなにきれいなお姉さんがいるとは……。ちょっと厳しそうな雰囲気もあるけど。
「坂又君は、iDPについて、どこまで知ってるのかな?」
「シャチになれるアイドルです!」
「……はは、夢があっていい。期待できそうだな。だが、一度確認する必要があるな。周りの皆は同い年であろうが活動歴的には先輩たちばかりだ。少しでも早く追いつきたいだろう?」
「はい……」
「iDPについて説明するには……こうして授業するより、直接見てもらったほうが早い。というわけで移動するぞ。」
篠崎先生に連れてかれたのは、大きな二枚扉の先の練習スタジオだった。どうやら、学校で二番目に大きい練習スタジオらしい。
スタジオの奥へと進むと、ステージの中心に一人の少女が立っていた。
「君は実に運がいい。今日はサリュに空きがあってな。…サリュ、頼んだぞ!」
「はい、篠崎先生!」
「♪~」
ステージで少女が歌い始める。
「あれ……僕、あの人テレビで見たことある……」
「星輝学園の今のエースだからな。いや……iDPのエースと言ってもいいかもな。」
サイリウムを振る篠崎先生は誇らしげな表情をしていた。
「君もそのサイリウムで彼女を応援してあげてほしい」
「はい!」
突然花の香りに包まれ……
「ありがとう…あなたの期待、そしてなりたいものへの意志……美しいものですね。」
「えっ」
「ここは、なりたいものになれる空間(ばしょ)。あなたのなりたいものにも、きっとなれる。」
ステージから降りて僕のもとへやってくると、手を差し出した。
「さあ、あなたも」
「は、はい!?」
手を握り返すと、短いはずのサリュさんの髪の毛が光とともにばっと広がり、天使の羽の形を形成していった。
「うふふ、びっくりしましたか?」
「そりゃあもう……」
テレビでは見たことあったけど、こんな目の前で幻想的なことが起きているなんて信じられない……
「自分の背中、見てみてください」
「えっ……羽!?」
僕の背中にも小さな羽が生えている!?触れることはできない、光の羽……これ、どういう原理なの!?
ぐっと腕を引かれ、空高く飛んでいく……
「歓迎をあなたに!エンジェルス☆ラダー!」
「は……」
さっきとステージが違う……いつの間に、何が、どう起こったのか、全くわからなくて混乱をする中、地上から僕たちを眺める篠崎先生を見て僕は自分を思いだした。
「あの!僕、高所恐怖症で!!」
「あら……ごめんなさい……でも大丈夫です。ゆっくり降ろしてあげるので……落ち着いて……目をつむっていてください。」
可憐な少女にお姫様抱っこされる高校二年生の僕……。この子は確か、まだ中等部だった気がするぞ……。僕はサリュさんの言われるがままに、視界を閉じた……。
……
……
「あのiD技は、本来入学式とかで行う技だ。新入生のうちの一人が選ばれて、先程のようにサリュに腕を引かれる。」
「なんかすごく……すごかったです。」
「あそこで腕を引かれた生徒は、優秀なiDPになるなんて言い伝えもある。……まあ、今回は君しかいなかったから君だったけど……ここに入ってくるような人たちは、皆輝ける可能性があるからな。」
iDPは、自分の夢を表現するパフォーマーのこと。
はっきりと表現できれば、姿だけでなく空間まで支配できるんだな……。
僕はシャチになりたいから、周りは海の中がいいな。魚がたくさんいて……寄り添える友達もいたらいいな。
僕の頭は希望で満ちるのであった。
二章:ただのファンで何が悪い!
「なあ、カオル!お前、シャチになりたいんだっけ?」
「そうだけど…」
ノブは次の日、目を輝かせて僕のもとに乗り出してきた。
「それなら、水泳部にイルカになるiDPが居るって噂だぜ!行ってみたらどうだ?」
「オレのプロデューサーが水泳部でさ~!ちょっとついてきて!」
「えっ、今から!?」
僕の返事を待つ前に腕を掴んでぐいぐいと引っ張っていった……。この前の篠崎先生といい、この学校は行動派が多いのかな。
。°゜〇————————————-〇゜°。
「あいつは……やめといたほうがいいんじゃないか?」
「なんで?」
緑色のメガネをかけたノブのプロデューサーは、眉をひそめて険しい顔をした。
この学校では、「パフォーマー」と「プロデューサー」で一つのステージを作り上げる体制となっている。学科も別々で存在し、つまり僕はノブのプロデューサーがいるプロデューサー学科の教室に連れていかれたのだった。
「あっ、あとコイツはカオル!昨日話した四月から入ったやつ!」
「ノブ、普通挨拶が先だぞ。おかげで俺の第一印象がしかめっ面になっちゃっただろ……。リュウだ、よろしく。」
「あっ、カオルです、よろしく……」
「で!イルカの子!会っちゃだめなタイプなの?」
「だめな人とか居るの?」
「この学校色んな人が居るからな!色々あるんだ!」
「そういうのではないけど、……あんまり周りからの印象が良くないって言うか……。」
周りをキョロキョロと確認をして、小声で話し出す。
「伴藤ルカっていう女の子なんだけどさ、あんまり周りの人と話さないんだよな。俺もそんなに話したことないし。……まず口を利いてくれるかどうか……。」
「そうなの?」
「試合には出ようとしないし、まともに練習すらしないんだよ。部活じゃなくて水遊びに来てるんだな、あれは。」
「でもコイツめっちゃ魚好きみたいだしイケんじゃね?」
「魚が好きなだけじゃだめだと思うけどな俺は。あとお前は確認もせず他の人の席に勝手に座るな。」
「今更~!?持ち主が来たら返すから!」
「あの、その子がイルカになってるのって見たことある?」
「うーん、ないな。iD空間で部活の練習とかほとんどしないし。」
「どこに行ったら会えるんだろう……」
「iD空間に居るんだったら、iDパスで調べたら早いと思う。」
iDパスと呼ばれるソレは、入学するときにもらった電子端末。iD空間に入るためのキーになるし、他の生徒と連絡を取ったり、練習スタジオの使用状況や予約ができたり……星輝学園の生徒には必須アイテムだ。
「それいいな!天才!」
「どうやるの?」
「貸してみ。」
リュウは僕の端末を器用に操作して、練習スタジオの空き状況を表示した。
「今日は練習スタジオには居ないみたいだな……でも、部活には居ると思う。」
「リュウ、その子について詳しくね?あ、ソッチなの?」
「違う。水曜だから。」
「え、何なんで部員の来る日覚えてるの?オレ、イルカの子に嫉妬しそう!」
「逆だアホ。お前と俺のレッスンの休みの日だから覚えてるんだよ。」
「え、リュウ、休みの日まで部活やってんの?真面目かよ……。」
「今日は委員会の会議があるから、俺はついていけないけど部活の活動場所なら教えられるよ。」
「あ、それは助かる!」
「室内プールなんだけど……あ、場所送るから待ってて。」
「ありがとう!」
そう言うと、すぐに活動場所の情報を僕のiDパスに届けてくれた。
なんだか、いい調子だな。僕の夢が案外すぐに叶っちゃうかもしれないと思うと、ワクワクしてきた。
放課後、リュウに教えてもらった場所に早速向かおうとすると、リュウがわざわざ教室に来てくれて、場所まで案内してくれた。
「場所だけ共有しても知らない場所歩くのは不安だろうしな。」
「ここまで助けてもらって悪いね。」
「今日できるのはここまでだ、ゴメンな。話は通してあるから安心して入れ。あと、困ったことがあったらいつでもノブとか俺に相談してくれ。」
「頼もしすぎる……。」
「プロデューサーもまだいないし不安なことだらけだろう。プロデューサーはしばらくしたら先生から用意されるだろうから、その辺は安心していい。」
「リュウ、すごくしっかりしてて……ほんと、ありがとう。」
「俺はクソ真面目なだけだから。」
眉をハの字にして、呆れたように軽く笑う。
「それじゃあ、またな。」
「うん!」
……と、意気込んだのはいいものの、あたりまえだけど水泳部は皆が水着を着ていて……。話はつけてある、と言われたとしても女子部に突撃する覚悟はできていなかった。目のやり場に困るし……。様子を伺ってチラチラと顔をのぞかせていると、男子部の一人が声をかけてくれて、伴藤さんを指さして教えてくれた。
……伴藤さんは部活動のメンバーからは離れ、プールの奥のほうで一人で水に浸かっている様子だった。
「……誰ですか。」
「あっ、すいませんあなたが伴藤さんですか?」
「そうですけど。」
「あっ、そうなんですか!」
「何か用ですか?」
「あの、イルカになれるって聞いたんですけど……本当ですか!?」
「……そうなんですか。」
「あの、僕、シャチになりたくて!」
「……。」
「弟子にしてください!」
「シャチなら、シャチになれる人の弟子になったらどうですか?」
「居るんですか!?教えてください!!」
「……知らない。」
伴藤さんは、そっぽを向くと、そのままプールの中央のほうへ泳いで行ってしまった。
。°゜〇————————————-〇゜°。
「な?だめだったろ。」
敗戦報告をしに、次の日の昼休みにまたリュウの教室にノブと訪れた。
「そう簡単にいくものだとも思ってないさ……来週も行ってみようかな……。」
「……おう、しつこすぎて通報されたりするなよ。」
「オレ応援してる!」
。°゜〇————————————-〇゜°。
次の水曜日、iDパスで練習スタジオの空き状況を調べると、伴藤さんの名前があるのを発見した僕は、放課後まっすぐにその場所を目指して、扉に手をかけた。
よく考えなくても、人の練習部屋に勝手に乗り込むのは、誰だっていけないことだったと思う。
そう気づいたのは、扉を開けたその瞬間だった。
しかし、その後悔はすぐに吹き飛んでしまう。
「い……イルカだ!」
僕の声が聞こえたのか、ピクッと不自然な動きをして飛び出してそのままの姿勢で水に落ちていった。
イルカになれるの、本当だったんだ……!!
慌てて駆け出そうとすると、突然足元に地面を感じなくなって、情けなくもそのまま僕も落ちた。
慌てて水から這い上がる。ドアから数メートルのところにとても広いプールが存在していた。この水はどこから用意したんだろう?ちゃんと冷たいし……あびれば寒いし…………くしゃみだって出る。
服を絞りながら近くにプロデューサーは居ないのかと探してみたけど、見当たらなかった。個人練習だろうか?
静かになった水面を眺めながら、彼女の再登場を待った。そんなに時間はかからないだろう。だってイルカって潜っていられるの10分だろ。ましてや彼女は………
「しつこいぞ…!」
人間だもんな、そんなに潜っていられないよ。彼女は人の姿で水から上がってきた。長い髪と水滴が、彼女の顔を隠す。
「僕はしつこいぞ。なんせこの学校に入るのに四回落ちた。」
「知らない!実力ないんじゃないですか!出てってください!通報しますよ!」
「へっくしゅん!」
「なんで濡れているんですか?」
「君を見てたら夢中になってしまって水に落ちた……。」
「……この水、私のなんですけど、勝手に落ちないでください。」
「え、あ、ごめん!?」
「……なんでシャチになりたいんですか?」
「え、それは……。」
「かっこいいから?強いから?ちやほやされたいから?モテたいから?」
「違う!かっこいいし強いところも好きだけど!憧れっていうか……シャチの気持ちが知りたいんだ!」
「……なったって、わかりゃしないですよ。」
「そんなことないと、思う。」
「ちなみに、最後にシャチを見たのはいつですか?」
「小さい頃に一度……。」
「……。」
「でもな、それからちゃんと動画だって写真だってほぼ毎日見てるし、部屋にも……。」
「ただのファンじゃないですか!」
「ただのファンで何が悪い!」
「……出てってください。」
「え?」
「せめて、本物を見てから出直してきてください!」
そう言って僕にバシャバシャと水をかけてくる。
「もう僕濡れてるから無駄だよ!」
「出てって!」
「うわ!」
すると今度は足場がどんどん扉のほうに寄せられていった。扉にぶつかるかどうかのところで、誰かに服を軽く引っ張られる。
「きみ、きみ!」
「……僕?」
「ちょっとこっち来て!」
引っ張られるがまま、僕は練習スタジオから出た。
三章:水は……いい。身を委ねられる。
「ルカちゃんのプロデューサーのフウコです。」
ちょっとイントネーションに特徴のある、伴藤さんのプロデューサーがそこに居た。
「ごめんなさいねえ、ルカちゃんはちーとデリケートでよ。」
「は、はあ……。」
「大丈夫、あーしがちゃんと話しておくんで……。」
「それは助かるよ……。」
「あ!ごめんなさい、あーしの言葉、聞きづらいですか!?はは、島さでほとんど生きてきたから、まだ少しさのこてってよ。」
「島……。」
「あ、あと、さっき水に落ちたみたいだけど、ルカちゃんの水はちゃんと外に出たら乾くから安心してください!」
服を確認すると、たしかに水の跡が一滴もなかった。さすがiD空間と言うべきか……。
「で、はい!これ!」
渡されたのは水族館のチケットだった。
「ルカちゃんから何か言われませんでしたか?」
「本物見てこいって……あ、なるほど!」
「あーしも、ルカちゃんも、ついていくかんね!土曜!あけといてください!」
「え?」
。°゜〇————————————-〇゜°。
そんなこんなで、水族館!
朝早くに起こされて、めちゃくちゃ移動して、ついたと思えば今度は整理券取るって走らされて……今はショー待機のためにがらがらの座席の会場を眺めている。
「あの……お魚、見ないんですか、伴藤さん……。」
「シャチ見に来た。」
「シャチ…あっ!!シャチだ!!」
視界に白と黒のあの大きな生き物が見えた瞬間、意識よりも先に声が出ていた。
「うるさ……。」
「でっかいな~!」
本番のプールとは別に奥にある練習用プールのようなところに、シャチが二頭顔をのぞかせている。
伴藤さんを僕と挟んで左に座るフウコさんも、目を輝かせてシャチを見ていた。
「本当にでかいな、かっこいいな……。」
「カオル先輩は、本物を見たのは、初めてですか?」
「いや、小さい頃に見に来たことがあるんだ。」
「……。」
そう、あれは小学校に入ったばかりだっけ、いや、幼稚園の頃だった気もするな。
薄暗い水族館がちょっと怖くて、親を手をつないで館内を歩いていたはずなんだけど、トイレに行ったあと親と合流するのに失敗して、迷子になっちゃったんだよね。
夏休みだったから人も多くて、でも薄暗くて、館内も小さい自分にとってはあまりにも広くて。迷いに迷って、少し明るい水槽のところにたどりついた。
そこで不安になって泣きそうになった時、僕のそばにやって来てくれたのがシャチだった。そう、迷い込んだ先がシャチの水槽だったんだ。
親が見つけてくれるまでずっと相手してくれてさ。親が来た時にちょうど僕から離れていったんだ……。
偶然かもしれないけど、その思い出が強くてさ~。
「で?シャチになってそのシャチたちにお礼が言いたいとでも?」
「できたらしたいぐらいだよ!」
「それは無理です。たとえiD空間でシャチになれても、現実ではなれないし、トレーナーになってシャチを愛したほうがいいんじゃないですか?」
「別に会えなくたっていいさ。シャチが何を考えているか、数ミリでもわかったらいいなって感じだからね。」
「そうなんですか……。」
「でもね、もし現実でもシャチになれたら……シャチだけじゃなくて、色々な生き物と一緒に海を泳ぎたいな、なんて思ったりもするよ。」
「……。」
「……伴藤さんは、現実でもしイルカになれたら……。」
「……ちょっと食べ物買ってくる。」
「あっ……。」
伴藤さんは席を立って、売店のほうへ向かって行ってしまった。
「僕、また変なこと言っちゃったのかな……。」
「ルカちゃんはね、イルカとか、海の生き物のことになるとかな~り厳しくなるからね。言葉を選ばないといけないかもしれませんね……。」
「僕も大体何も考えないで言っちゃうことあるから、よくないよな。」
「ルカちゃんのこと、教えてあげようか。」
「いいんですか……また怒られちゃいそうだけど。」
「ルカちゃんと仲良くなりたいんでしょう?それに、カオル先輩なら話してもいい気がして。」
「仲良く……ねえ……。」
仲良くなるには僕の残りの高校生活だけじゃ到底足りなさそうだけどなあ……。
「ルカちゃんは、都会っ子だったけど、あーしの島に引っ越して来たことがあって……都会の人間が物珍しいってのもあって、あーしはとにかく話かけましたね。んで、すぐお友達になったんです。」
フウコさんは、姿勢を正すように座りなおして、語り出した。はじめはニコニコしながら話していたけど、その表情はすぐに失われる。
「……ルカちゃんは楽しくなさそうだったんですけど。ことあるごとに、港に行っては、お家に帰りたいって言ってて。」
だからね、あーしのお気に入りの場所、教えてあげたんです……。
そこはイルカが泳いでるのが見える場所で……ルカちゃんも気に入ってくれたみたいで、教えた日のあと、ルカちゃんを探しているときはいつもそこで見つかりました。
ルカちゃんは島の人間とはあまりなじめなかった。というのも、両親に無理矢理に島に連れてこられたのが嫌だったみたいで。
いつも不機嫌で……島に来る前はどうだったかわからないんですけど、島に来た頃からバッサリ言っちゃうタイプだったから、周りの子たちからも避けられてましたね。あーしももしかしたら、鬱陶しいって当時は思われてたでしょうね。
で、ある日そんなに都会に帰りたいなら帰れ!って嫌がらせ受け始めて。海に落とされちゃったらしいんですよ。あーしもあわてて探しに行ったんですけど、いつもの場所にも居なくて。あきらめて帰ろうとした時ルカちゃんが倒れてるのを見かけて、見よう見まねでできること色々して、息を取り戻させました。
その時、「イルカが助けてくれた……」って言ってて。あーしはびっくりしたね。
「イルカが、命の恩人だった……。」
「そ。話が長くてごめんね。ルカちゃんも、イルカの気持ちが知りたかっただろうし、なんなら現実でも変身して一緒に泳ぎたかったんでしょうね。」
「は……」
僕は気づいた。今まで伴藤さんが僕に向けた言葉。
『……なったって、わかりゃしないですよ。』
『それは無理です。たとえiD空間でシャチになれても、現実ではなれないし、トレーナーになってシャチを愛したほうがいいんじゃないですか?』
「ひょっとしたら、僕に向けた言葉は伴藤さんが悩んでいることだったのかもしれない……。」
「カオル先輩、鋭いですね!たぶん、自分じゃなかったらどうしたんだろう、みたいな迷いがあったのかもしれません。」
「僕は……なんてなめた真似をしてしまったんだ……。」
「まあ、仕方ないですよ!さ、ルカちゃんがもうすぐ戻ってくると思うので、別のお話ししましょう!ルカちゃんの昔話してたなんてバレたら、それこそ怒らせちゃうから。」
少しして、伴藤さんが戻ってきた。
それから他愛ない話をするうちに待機の時間もあっという間に過ぎ、ショーが始まった。
シャチはさすがの巨体を生かして大量の水しぶきを広範囲の観客に飛ばしたりしていた。トレーナーと息を合わせたパフォーマンスや、大迫力のジャンプに、とても興奮した。
そのあと、シャチに触れる体験をして、イルカのショーも観た。ショーを見るよりもやっぱり近くで見るのは全然感動が違うもので、触ってみるとほんのり温かくて、生命の温度を感じた。
館内をあちこち一息つく間もなく二人に振り回され、最後にはシャチの水槽にやって来た。
「お手洗い行ってくる!ごめんね~!」
フウコさんは申し訳なさそうにその場を離れた。
伴藤さんと、二人きりだ……さて、どうしよう。
「シャチとイルカずくしの一日だった……な。はは~。」
「フウコから、聞いちゃったんでしょう。」
「え?」
「私がフウコと同じ島に住んでた話。」
「ああ……聞いたよ。ごめん……。」
「あの子のことだから、たぶんあの子から勝手に話しちゃったんでしょ……。」
「ごめん、僕、自分の目標ばかり考えてて、伴藤さんのことを考えられていなかったよ。」
「ねえ、ショーの時に見たシャチと、今のこの水槽に居るシャチ、どっちが好きですか?」
「そうだな。ショーのシャチはかっこいいけど、僕は水槽に居るシャチが好きだな。」
「どうして……?」
「ショーは、トレーナーが指示したパフォーマンスだろう?こっちだと、素直なシャチが見れるからね。どっちにしても、狭い水槽で生きるシャチだけど、僕が見つめてきたのはそこにいるシャチだからね。」
シャチを見つめていると、僕たちに興味を持ったかのように、近づいてきた。
「イルカも全く違うってことはないだろう?」
「わかったような口利かないでください。」
「ま、どっちにしろシャチ大好き野郎だから、正直どっちのシャチも好きだけどな!」
「そうですか。」
アレ?ちょっと今笑った?
瞬きする頃には、いつもの顔になっていたから気のせいかもしれない。
「水は……いい。身を委ねられる。」
一呼吸おいて、伴藤さんがぽつりとつぶやいた。
「イルカでいるときだけ、素直になれる……。」
「じゃあ僕シャチになって君の気持ちも知りたい!」
「……それ、本気で言ってるんですか?」
「そうだよ!」
「私のこと、やっぱりバカにしてるんですか?」
「ええっ!?なんでそうなるの!?」
「まあいいです。月曜、練習スタジオに来てください。」
「もしかして、修行させてくれるのか!」
「させて『いただく』でしょう?」
伴藤さんは得意げな顔をしてiDパスをちらつかせてきた。
「く……」
「予約?おっけーやっとくね!」
「わ!」
フウコさんが突然伴藤さんの後ろから出てきた。
「どこから聞いてたの?」
「フフン~。内緒!」
。°゜〇————————————-〇゜°。
「伴藤さんは、はじめてイルカになった時、どんなことを考えてたの?」
月曜の放課後。練習スタジオにやって来た。担任からちょうど練習着を渡されたため、少し浮かれた気持ちで修行に挑んだ。
「……この空間には、イルカがもう一匹居た。」
「他にも誰か居たの!?」
「闇雲に水の中に潜っている時、そのイルカを見て……交信しようとしたら、イルカになってました。」
「そのイルカって誰だったの?」
「私以外でイルカになる子は……居るのかもしれないけど、私は聞いたことないですし、私が作り出した幻覚だったかもしれません。」
「幻覚……」
「そのイルカがきっかけなのかはわかりません。どうであれ、この空間で現れるものは幻覚でできていますから、空間に身を委ねて、水に身を委ねて、心を開くことが必要です。」
伴藤さんが心を開いた空間。この空間は、この水は伴藤さんの気持ちを知っているんだ……。
そして僕も、この空間に僕を委ねる。
「ライブと違って、一人で想いを募らせないといけないから、本当に大変だと思いますけど……やってみるだけ、やってみたらどうです?」
「やるよ。」
「……。」
「伴藤さんの姿を追いかけてもいいかな?」
「追いつけるとでも?」
「追いつくつもりでやるよ!やれば、できる!」
「じゃ、まず精神統一。なりたい、って強く思うのも大事だけど、それがあたりまえと思うくらい、空間と一つになる気持ちで……。」
「なるほど。」
「人の気持ちを思い出すと、変身できなくなるから。」
「……。」
「……。」
数十分後、伴藤さんは突然立ち上がり、水の中に落ちていった。
そしてすぐ、イルカが飛び上がった。
「イルカ……!」
再び水面に戻るのを見た瞬間、それを追いかけるように、僕も水面に飛び込んだ。
気泡が体をくすぐる。とにかく、奥に潜れば伴藤さんが居るはず。……一回呼吸をして………。
……アレ?
水の中で呼吸ってどうやるんだ!?
いや、呼吸って空気の中でするんだよね!?
いやいや、ここはiD空間だし、やろうと思えば……
………
………
………無理!
やばい!上ってどっち!?とりあえず光のあるほうに…………
方向転換をしようとした時、ふと視界に何かが見えた。
イルカじゃない……あれは人………伴藤さん!?なんで変身が解除してるんだ!?
ただ、水を感じているのかと思ったけど、僕は嫌な予感がして、気がついたら夢中で伴藤さんのもとに向かっていた。
自分が思ってるよりも、ずっとずっと速く、伴藤さんのもとへ。
四章:オルカ。
「?、、?!?」
何か声が聞こえる。聞き覚えのある声だ。
「??、!!!」
声のするほうへ近寄ると、抱きつかれた。
「えっ、フウコさん!?」
「アレ……ァーーーーーーっ!?カオルせんぱ、えぇーーーーーーっ!?」
「ど、どうしたの!?」
「ヤバ、カオル先輩抱いちゃった、ルカに怒られる。」
「え、え?」
体制をくずしたフウコさんは、一度起き上がると、プールの縁で目を輝かせて僕を見下ろしていた。
「カオル先輩!シャチになれるようになったんですね!」
「え……!」
ほっぺを触る、手を見る……でも、いつもどおりの坂又カオルだ。
「はあ……ケホッ、ケホッ……」
咳き込みながらタオルをかぶった伴藤さんが歩いてきて、フウコさんのとなりに座り込んだ。
「やればできるじゃん。」
。°゜〇————————————-〇゜°。
「一回できたなら、もう大丈夫。ゆっくりやってみましょう。」
伴藤さんは、一度深呼吸をして潜っていった。僕も真似をして、ゆっくりと水に飲まれていった。
「……。」
「……。」
なんだろう、この温かい気持ち。
伴藤さんは、僕に擦り寄ってきた……。
どうやら、成功しているらしい。自分で姿は確認できないけど、いつもと水の重さも、見えるものも違うから、たぶんできている。
冷たい水の中、触れ合う箇所はより温かく感じた。
伴藤さんは、自分の体をうまく使いこなしていて、動きはまさにイルカそのもの。対する僕は……動けない!あたりまえだけど、ヒトと使う筋肉が違いすぎて、今にも元に戻ってしまいそう……。
慌てる僕に、トントン、とリズミカルな感覚を感じる。ヒレで器用に僕を突いたかと思うと、僕を追い越した。
……ついてきて、ってことかな。
僕は伴藤さんを追いかけた。
追いかけながら、今まで話してもらっていたことを思い出していた。
『水は……いい。身を委ねられる。』
『イルカでいるときだけ、素直になれる……。』
あの時、迷子の僕と遊んだシャチはどんな気持ちだったのか……迷子を助けるなんか考えてなくて……ただ、遊びたいだけだったのかもしれないな。
いつのまにか、伴藤さんを追い越し、下から少し持ち上げてみせた。そして、僕の周りをぐるっと回り、突然スピードを出したかと思うと、水面を突き破って光へと飲み込まれていった。
すぐに大きな音とともに、たくさんの気泡で包まれ、奥へ沈んでいく。その気泡を散らしながら浮上していき、剥がれゆく気泡の中の影が少しずつシルエットを成していく。それは人の形になっていた……
伴藤さん……また変身解除したらしいけど、この前のような不安な気持ちにはならなかった。よく見ると、こちらを見て少し不満げな顔をしている。
僕ももとの姿に戻って伴藤さんに手を伸ばすと、到達する前に腕を掴まれ、水面へと連れていかれた。
「ぷは…………!何!?伴藤さん何かあった?」
「モノにするの、早くない……?」
「え、ほんと?」
「……。」
……下を向いて、肩がふるふると震えだす。
……怒ってる?
「はは、あははは!」
「ほんと変な人!バカみたい!」
突然笑いだした。
「な、なんだよ!年上だぞ!」
「でもそのまっすぐなところ、嫌いじゃないです。イルカみたい。」
「僕はシャチだよ!」
「バカ。」
「な、なんだよ!」
「……あ、そうだ。iDネームって決めましたか?」
「急だな。芸名みたいなやつだろ?思いついてないよ。シャチ太郎とかがいいかな?」
「ダッサ……。私、思いついたんですけど、候補に入れてくれませんか?」
「何?」
「オルカ。先輩の名前、カオルだし、入れ替えたみたいでいいと思いませんか?」
「オルカ?……あ、シャチの別名!」
「そうです。」
「……天才か?採用だ採用。」
僕のiDネームがオルカになった瞬間だった。サイン考えないとな。
そのあと伴藤さんが、今練習中の技を見せてくれる、とのことだったのでプールサイドでそれを見守った。
トレーナー服を着たフウコさんが伴藤さんに合図を出して、水に飛び込む。しばらくすると、フウコさんを押し上げてジャンプした。
「すごい!ショーじゃん!」
「たまには、見世物になるのも悪くないって思いましたね。」
「それなら、見せ物になってみない?」
「それ、どんな誘いなんですか?」
「シャチになった時、君が寄り添ってくれるのがすごく嬉しかった。小さい頃のを思い出すような温かさがあって。」
「待ってください。」
「え?」
「私、そういうつもりないんですけど。」
「僕、伴藤さんとライブ……いや、ショーがしたいだけなんだけど。」
「……はあ、バカ。」
「あ、またバカにした!」
「いいでしょう。でも一回だけですよ。」
「ありがとう。僕ね、やりたいことがあるんだ……。」
エピローグ
ある夏の日。
学園主催のフェスの一枠を借りて行う数分間のショー。夏休みにも関わらず、お客さんは多かった。
クラスメートはもちろん、最初に僕にiDPについて教えてくれた篠崎先生やサリュさんも、見ているだろうか?
さっきまで生まれたてのアイドルが歌って踊っていた空間にプールを生み、すべて僕たちのものに塗り替えた。
プロデューサーにはトレーナーになってもらって、水族館で見るような芸をいくつかする。
結局、僕のプロデューサーはリュウになった。ノブにとってはどうやら自慢らしく、「シャチのプロデューサー、オレと同じなんだぜ~!」と自慢して回っているようだ。
リュウがフウコさんとタイミングを取って僕と伴藤さんにそれぞれ指示を送る。
水中に潜り、リュウが水中にやって来るのを確認する。
「……。」
「……。」
伴藤さんと息を合わせるように、空中へとリュウを押し出した。あの日、伴藤さんとフウコさんが練習していると見せてくれた技。僕もどうにか習得した。
再び水中に戻るのを確認し、ステージへ押し出す。
ここまでは、よくあるショーだ。
いつもと違うのは、このあと。
空間と水中が、一つになる。
空気と水が、一つになる。
魚は空気を泳ぎ、君たちは水中に立つ。
「えっ……お魚……。」
「えっ水の中!?呼吸が……できる……?」
この姿で伴藤さんも僕も、思い出たちには出会えないけれど、僕と君は、こうして寄り添うことができる。
「……」
「……」
彼女の生んだ気泡が、僕を撫でた。